好きな人の前だと、急に自分がポンコツになる。
私が関わってきたインフルエンサーに、いつも画面の中ではキラキラ笑ってる子がいました。撮影ではあんなに堂々としてるのに、意中の彼を前にすると声がガチガチ。あの時の彼女を見てて、こっちまでそわそわしたのを今でも覚えてる(笑)。
SNSでずっと数字を追いかけてきた立場から言わせてもらうと、恋愛の空回りって、伸びない投稿とそっくりなんですよね。届けたい気持ちが強すぎて、かえって何も刺さらない。
好かれようと頑張るほど、なぜか気持ちは離れていく
恋を頑張るって、たいてい相手に好かれるための努力にすり替わる。
返信は秒で、会話は盛り上げ役に徹して、機嫌をうかがって…。気づけば、相手の顔色を読むことが恋愛になってる。
でもね。人の心は、追いかけると逃げる猫に似てるところがある。ぐいぐい距離を詰めるほど、するっと後ずさりされる。
よく思われたいは、相手に筒抜けになる
うちのスタッフと雑談してた時、彼女がぽろっとこぼした話が忘れられません。学生時代の合コンで一番モテてたのは、実は一番どうでもよさそうにしてた子だった、って。がっついてた自分は名前すら覚えてもらえなかった、と苦笑いしてました。
必死さって、隠してるつもりでも空気ににじむ。よく思われたいという圧は、言葉じゃなく気配で伝わってしまうんです。相手は理由もわからないまま、なんとなく重いな、と距離を置く。うわ、私やってるわ…そう気づいた時にはもう遅い、なんてことも。
断言します。モテの最大の敵は、顔でも会話術でもなく、この必死さ。
頑張るほど、自分がすり減っていく
相手に合わせ続ける恋は、じわじわ自分を削ります。
好きだった音楽も、休日の過ごし方も、いつのまにか相手仕様に上書きされていく。ふと鏡を見て、あれ、私って何が好きだったんだっけと真顔になる瞬間(泣)。
そうやってすり減った状態で放つ魅力なんて、たかが知れてる。自分を殺して手に入れた関係は、続けるのだって、正直しんどいんだよね。
そもそも恋愛で開き直るって、どういうこと?
開き直るって聞くと、投げやりで感じ悪い印象を持つ人もいるかも。
逆ギレして好き勝手ふるまう、みたいなイメージ。それ、全然違うんです。
やぶれかぶれとも、投げやりとも違う
恋愛でいう開き直りは、攻撃態勢に入ることでも、もうどうにでもなれと放り出すことでもありません。
振られたらどうしよう、嫌われたら終わりだ。その怖さを、いったん脇にそっと置く。結果は自分にはコントロールできない、と潔く認める。やることはそれだけ。
肩の力を抜いて、自分の状態をそのまま受け入れる
緊張してる自分も、うまく話せない自分も、まあそういう日もあるか、とふっと息を吐く。
できない部分を無理やり取り繕うのをやめると、不思議と呼吸が楽になります。言い訳を重ねるほどボロが出る、っていうのは、炎上対応の現場で何度も見てきた光景とまるで同じ。素直に認めた人のほうが、最後には信頼される。
恋愛も、寸分たがわず同じ構造なんですよ。
開き直った人が急にモテ出す、そのからくり
肩の荷を下ろした人は、なぜか急に恋がうまく回り出す。
これ、根性論じゃなくて、ちゃんと理屈があるんです。
緊張がほどけて、会話が自然にころがり出す
よく見られなきゃ、という鎧を脱ぐと、頭の中の実況中継が静かになります。
今の発言変じゃなかった?次なに話そう。そのノイズが消えて、目の前の相手にやっと向き合える。会話が転がって、沈黙すら気まずくなくなる。あのインフルエンサーの子も、開き直ってからは彼と普通に笑い合えるようになりました。ドキドキが、心地よさに変わった。本人がそう言ってたのが印象的で。
余裕がにじむと、一緒にいたい人になる
必死さの対極にあるのが、余裕。
細かいことでいちいち動揺しない人のそばは、ただ居るだけで呼吸が深くなる。返信が遅くても不安に飲み込まれないし、相手の一挙一動に振り回されない。この人といると楽だな、が積み重なれば、それはもう立派な好意の入り口です。
正直なところ、余裕こそ最強のモテ要素。ここだけは、私も譲れない。
振られる怖さが薄れて、動けるようになる
ダメでもいい、と腹をくくれた瞬間、恋は急に前へ進みます。
何年もくすぶってた片思いが、振られてもともと、と開き直った途端に動き出す。結果がどう転んでも自分の価値は1ミリも減らない。そう思えると、足がすくまなくなるんですよね。動いた人にしか、チャンスは巡ってこない。
ありのままを、わがままと取り違えない
ありのままでいい、素を出そう、と聞くと、好き放題ふるまっていい、と勘違いする人が出てきます。そ
素を出すことと、配慮を捨てることは別
自然体って、相手への思いやりまで放り投げることじゃない。
遅刻を平気でする、言いたいことを毒のまま吐く。それはただの雑な人。開き直りを免罪符にして相手を傷つけたら、そりゃ離れていきますよ。素でいることと、相手を大切にすること。この二つは、ちゃんと両立します。
まず、自分の機嫌は自分で取っておく
ありのままが武器になる人には、共通点があります。
自分で自分をご機嫌にできること。恋が始まる前から、趣味でも仕事でも、心の充電を自前で済ませてる。相手に満たしてもらう前提だと、素を出した瞬間、ただの寂しがりが漏れてしまう。自分をちゃんと満たせてる人の素は、見ていて気持ちがいいものです。
好かれようとしないのに好かれる人は、自分軸を持っている
好かれようとしないのに、なぜか好かれる人。
まわりに一人はいるでしょ。あの人たちの正体、じつは自分軸なんです。
相手の反応で、自分の値段を決めない
自分軸のある人は、好かれたかどうかで自分の価値を上下させません。
既読スルーされても、この世の終わりみたいな顔にはならない。相手の好意を、自分がOKな人間である証明書として使わない。ここが、執着する人との決定的な分かれ道。執着って、突き詰めれば相手に自分の価値を認めさせようとする行為だから、しがみつくほど苦しいし、相手にもその重さがしっかり伝わってしまう。
好かれなくても私は私、を体に覚えさせる
頭でわかっても、心が追いつかない。そこが自己肯定感の厄介なところ。
好かれても好かれなくても、自分の価値はびくともしない。この感覚、一晩じゃ手に入りません。今日は早起きできた、仕事で一つ褒められた。そういう小さな達成を、コツコツ自分に積んでいく。恋の外側で自分を認められた人だけが、恋のなかでも自然に力を抜ける。遠回りに見えて、これが一番の近道だと確信しています。
今日から肩の力をゆるめる、小さな練習
恋愛の外に、夢中になれる居場所を持つ
スマホを握りしめて通知を待つ時間を、別の何かで埋めてみる。
のめり込める趣味でも、汗をかく運動でも、気の合う友達との時間でもいい。相手のことで頭が埋め尽くされた状態から、意識がふっと離れる瞬間が増えるほど、気持ちは軽くなります。恋が人生の全部だった視界が、少しずつ横に広がっていくよ。

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